妖怪種目

妖怪種目

(編注:『民族』1巻1号(1925年11月)に掲載されたもの。無記名だが柳田國男の文と思われる。
2012年1月、柳田國男著作権切れにより公開)



 大正八年頃、長野県東筑摩郡の教育会の諸氏が、各村に手分けをして、
色々の習俗事項に付き、一斉の調査を試みたことがあった。これはその一小部分であって、
まだ完成しておらぬが、散佚を防ぐ為にその要点だけを整理してこの欄に保存しておくことを許された。
この郡の各小学校の児童は、大よそ次に列記した名称の半以上、或は三分の二以上を知り、
また至って漠然とであるが、それがどんなものであるかを理解している。
主として各学級の受持が、生徒に言わせてみて筆記した書類が元であって、これに参与した男女児童の数は至って多い。
尋常三四年が大部分を占め、高等小学の生徒は入っていない。
箇々の説明はやや意外なものだけを採録してみたが、何れもあの地方としては普通に言うことらしく、
単に一ニの児童が特有の智識かと思うものは、少しはあったが警戒してこれを除外した。


一、おばけ
    秋になると多く出る
    山の奥に居る、山から出て来る
    林に出る、お宮に出る
    川の中に夜傘さして出る
    柿の木の下に出る
    にかつ子(嬰児)の泣声をさせる
    おかぐらの様なものを頭へのせ赤い着物を著(き)て出る
    からだ中毛だらけで縁の下へ出る
    家の中を飛んであるく
    人のまわりをまわる
    人が通るとどこへ行くと言う
    ぼうと謂って人をおどかす
    人をこわくさせるのを面白がる
二、ゆうれい、ゆうれん
    煙に乗って来る
    足が短かい
    井戸の中に隠れている
三、ぼうけ、ぼうけん、ぼうこ、ぼうこん
    でっかい目をしている
    丸くて足が無い
    頭から長い毛を下げている
    尾を下げている
    △一般に幽霊との区別判明せず、或は同じものと思っている。亡魂であろう
四、人だま
    尻尾をひらひらさせて行く
    死んだ人の家の柿の木に来て引っかかる
    子の生れる家の屋根に来て消える、生れる子のたましいになる
    銭を取りに来る
    松かさを食う
五、たましい
    円くて人だまのような尻尾がない
    色々に色がかわる
    △これも人玉と同じものと思っている子供が多い
六、ひかり玉、火の玉
七、火柱
    やねより高く立つ
    ころんだ方に火事が有る
八、蜘蛛
九、蝦蟆(かえる)
一〇、蛇、まむし
一一、じゃ
一二、かっぱ
一三、梟、のりつけ
    のりを附けて人を食う
一四、山鳥
一五、蝙蝠
    鼠や木の葉に化ける
一六、山猫、夜叉猫、ふる猫
一七、みき猫、三毛猫
    木の上へのって尾をふって人を化かす
    またよめ殿にも化ける
一八、山伏
    人を化かすこともある
一九、狼
    うそを言う人を端から食い殺す
二〇、ももっか
    人をばかす、子供の泣くとき出て来る
二一、いたち
二二、たぬき、たのき
二三、むじな、もじな
    木の上に登り人に石を投げる
    猫になって家に入って来る
    林の中で青い火を出す
    石に化けて人の後を転んで行く
    鶏にばける
    雪の中を提灯をつけて飛びあるく
二四、狐
    よめどんに化けて来る、嫁入をする
    火をともす、狐の火はちかんちかんとついたり消えたりする
二五、げんばのじょう
    △これは桔梗原に住む古狐の名
二六、小狐
二七、いずな
    鼠のような小さなもの
    人んとこへ来て物をほしがる
    人に取りついて病ませる
二八、猿、ふる猿
二九、天狗、てんごさま
    隠れんぼをする者をさらって行く
三〇、きも取り
    夕めしを食べないとさらって行く
三一、山男
    長い毛、真赤な口、魔法を使う
三二、山姥
    朝日のあがる時おーいおーいと呼ぶ、昼時分は石のように硬くなる
三三、うば
    髪長く、目が一つ
三四、あまねじゃく
    人のようで、あばたがある
    闇の晩縁の下に来ている
    婆さを殺して柿の木にさす
三五、指長ばばさ
三六、風ばばア
三七、油なめばばア、油なめ小僧
三八、あまざけばばさ
三九、笑い盤若
    首んとこに皺がいっぱい
四〇、入道、大入道、みけし入道
四一、一つ目小僧
    白い着物を著て
    或は乞食のようなふうで
四二、三つ目小僧、四つ目小僧
四三、三つ目入道
    人の前で踊る
四四、七つ目小僧、七つ目の冠者
四五、七つ目女
    人んとこの物を盗んで行く
四六、雨ふり入道
四七、雪ふり入道、雪ふり坊主
    袋をかぶって、ぼろの衣物をきて
    笠をかぶって蓑をきて
    一本足で、野原に立っている
    汽車を埋める
四八、雪女
四九、一本足のおばけ
五〇、瓢箪のおばけ
    目や口や手があって、一本足で
五一、ろくろっ首
五二、よたか
五三、鬼
五四、鬼ばばさ
    金歯を入れて
五五、あずき洗い
    沢の水のふちへ出る
    黒い手拭をかぶって、小豆を洗う
五六、薬缶ころばし

 この他に、とっこ、ひやり、はだかいなごなどと、我々に却って分らぬ妖怪が尚十幾つもある。


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