図書館にての対話

図書館にての対話
             伊波普猷

(編注:『図書館報』第二冊(1921年12月15日)に掲載されたもの。*部分はすべて原文ママ)



客    君はいけないよ。

主    何がいけない。

客    皆が折角普通語奨励をやつてゐるのに、君は一人反対運動をやってゐるといふぢやないか。

主    誰がそんなことをいつた。そんなことをした覚えはないが。

客    君は至る所で方言で講演をしてゐるぢやないか。君の懇意な柳田先生も先達伊波君の 国語運動も悪くはないが云々と『東京朝日』に書いてゐたよ。

主    国語運動とはもつての外のことだ。琉球語を沖縄諸島の公用語にして、小学校でも、 社会でも、県会でもそれを使用させ、追々は消息文も記録も新聞も皆それで書かせようとする 運動だね。そんなことが君どうして出来る。常識で考へてもわかるぢやないか。 四百年前沖縄人が自家独特の文化を発輝させた時でさへかういふ運動は失敗に終つたのだ。 爾来上流社会の人は漢文と和文を並用して来たが、大方は和文を使用するのを便利とした。 このことは私の『古琉球』の「琉球文にて記せる最後の金石文」といふ論文の中にも 書いてあるから、読んで呉れ給へ。

客    僕は君から琉球史の講義を聴かうとするのではないよ。国語運動といふ言葉が穏当で なければ、暫らく方言奨励といふ言葉にかへて置かう。

主    君は飽くまで私を追撃しようとするね。そんなことをした覚えはないといつたのに。

客    三百回近くも方言の講演をしてまはつたのが、とりもなほさず方言の奨励になってゐる。 これがやがて普通語奨励の妨害になるのだ。

主    君、それとは問題が違ふよ。能くきいて呉れ給へ。私は普通語のわからない農村民に、 彼等に了解される言葉を使つて、民族衛生の講義をしてゐるのだよ。

客    それがいけないのだ。国語の統一が国家の統一に必要なことは、言語学を修めた君には、 とうにわかつてゐる筈だが。君等の大将の上田万年先生と*「国語は低質の藩屏なり、 国語は国民の慈母なり」といはれたぢゃないか。

主    それは君『国語のため』の扉にかいてある文句だらう。それ位のことは君がいはなくても 能くわかつてゐるさ。

客    それだのに何故君は普通語を使つて、演説をして歩かないのだ。

主    それのわかる者には、何時でも、又何処でも、それで話してゐるよ。

客    わからない者にも、どし/\それで話したらいゝぢやないか。普通語のわからないのは 恥辱だと思はせるやうにしたら、普通語の伝播が一層早くなるわけだ。

主    それも普通語奨励の一方法かもしれない。併し君は私が普通語奨励の巡回教師でないことは 知つてゐるかね。私はそれよりももつと急務と思はれる民族の生命に関係す*大問題に没頭して ゐるのだよ。農村では五十台の人は普通語を解せない。だから学校などに集めて折角普通語で 為になる話をして聴かしても、ワツターガームルワカヤビランといつて、居睡をして了ふ。 もうその次からはどんなにさそつても出て来ない。ところが農村では却つてさういふ人々に 勢力がある。青年がいくら騒いでも、さういふ人々の意志が動かなければ、改良も何も 出来やしない。つまり私の方言は彼等の意志を動かすに役立つたのだ。(否そればかりではない。 私は此頃普通語の解せる青年でさえ方言では一入感激させられるのを見た。)私は力の入れ所を 発見した。私はどうしてら沖縄が能く動くかといふことを学んだのだ。兎に角今は過渡時代だ。 過渡時代には、それに適する手段方法を採用するのも悪くはない。五十台以上の人がつかり* 死んで了つた後では、太田母潮東氏が一種の芸術といはれた私の方言の演説は、もう聴かうと 思っても聴かれんないだらう。

客    爺さんや婆さんなぞはほつて置き給へ。手足纏ひになる。

主    知らさないでほつて置くと、尚更進歩の妨害になるのに気がつかないのか。それは兎に角私は かつて『沖縄時事』主催の婦人講演会で「血液と文化の負債」といふ演説をしたことがあるが、 現今の沖縄人に取つては、この負債を償却するのが焦眉の急ではないか。沖縄の社会が滅亡して、 県民が性格破産者になつた暁には、普通語がどんなに普及しても、それは君アタビチガカークガークー するのと同じことだよ。だから私は沖縄の津々浦々を廻つて、「血液と文化の負債」を償却する 方法を相談してゐる所だ。その結果近来彼等は血族結婚の害や早婚の弊を覚り酒害や梅毒の 恐るべきことを知り始めた。私に取つてはこれは今と此処の大問題だ。愚図々々してはゐられ ないのだ。

客    それはさうだらうが、君の運動が間接に普通語奨励の妨害にならなければいゝが。

主    うるさいね君は。兎に角一度私の講演を聴いて見るがいゝ。聴衆は私の用語が何であるかを 注意しない程一生懸命に私の真意をつかまうとするのだ。彼等が感激してゐる有様を目撃したら、 君はきつと私の賛成者になるよ。

客    兎に角一度は聴いて見よう。しかし方言の演説は余りほめた話ぢやないね。それはむしろ 沖縄県の恥辱だ。

主    方言もさうけなされると、今度は弁護したくなるね。私は私達が方言を有つてゐることを 恥辱とは思わない。勿論それを有つてゐることが私達の責任でもない。なるほど教育上から いふと、方言は不都合だらうが、言語学上よりいふと、さう棄てた者ではないよ。方言にも 確に長所がある。私の場合にはシユラプラツハゲフユールは私の普通語によりも私の方言に より多く現はれる。だから私の方言の演説は能く農民の魂に触れる。

客    一寸待ち給へ。シユラプラツハゲフユールとは一体何のことだ。

主    それは独逸語で、言語感情といふことだ。吾々は略して語感といつてゐる。君は学校で毛唐に 外国語で叱られたことがあるだらう。いふことは能くわかつても、平気の平なて*ゐられるのは シユプラツハゲフユールがうつらないからだ。外国語を学ぶ場合に、単語やアクセントや 文法は呑込むことが出来ても、これまではいつでもあとにのこる。本県に於ける国語教授の 場合にも同じことがいへる。

客    それで能くわかつた。君等のやうな高等の学府を出た人の普通語が如何にもマヅイと思つたら。

主    マヅイにきまつてゐるさ。十一歳から普通語を学び始めて二十一歳に上京したのだから。 私達の普通語は非音楽的だらう。しかし私はそれを気にしない。二度問ひかえされなければ いゝと思つてゐる。私には二十年前、わかりき*話だが、東京の車夫が私より普通語のうまいのを見て 吃驚りした逸話がある。上京早々かつて沖縄の書記官をしてゐた川路利恭氏を訪問して、 この話をしたら、川路氏も仏蘭西留学中パリの乞食はフランス語がうまいといつて、公使館員を 笑はせたとふ*似通った話をされたことがあつた

客    そいつは面白い話だ。しかしそんことは*どうでもいゝ。僕は君に注文するが、民族衛生の話が 一通りいきわたつたら、今度は普通語奨励の講演を始めて貰ひたい。農民は君のいふことは 能くきくさうだから。

主    君は国語問題には大ぶ趣味を有つてゐるね。君も知つてゐる通り、言語は社会の産物だ。 子供がお母さんの言語を学ぶ有様を見て御覧。間違ふたんびに兄弟姉妹のそれを聞いて訂正していく。 万一人間がたゞ一人山奥に這入るとか、無人の境へ遁世するとかいふやうなことをして、 その同時代の人の言語を長く聞かずにゐると、その人の発音は烈く変化して了ふ。同じ理屈で 年取つてから聾になつた人は変手古な発音をする。今日では本県人も大勢東京にいつてゐるから、 たとひ十年間ゐても彼等の沖縄語の発音には大した変化は起らないが、廃藩置県当時、私の叔父が 上京した頃は、沖縄人は殆どいつてゐなかつたから、彼は二年しかゐなかったのにその沖縄語の調子は 余程変なものになつてゐた。私も東京にゐた頃は普通語が可なりうまかつたが、此処に十四五年も くすぶつてゐるうちにその調子が大ぶくるつて来たやうだ。

客    ナールほど、これで君等の普通語のまづい理由が能くわかつた。

主    マア仮りに本県の小学校教員を全部江戸ッ子として置かう。児童が折角学校で習つた普通語は、 彼等が家庭に帰るや否や変化するに相違ない。

客    さういはれて見ると、僕等が今まで考へてゐたやうなことは急には実現されそうもないね。

主    儀間真常が蕃藷を播殖させたやうな具合にはいかないね。こればかりは気長くかまへてはいけない*。 或国語が他国語の影響を受けて変化する有様を見るがいゝ。始めは単語が代り、それから発音、 語法、といふ順序で代つていく。この四十年間に沖縄語は如何に変化をしたかは、今の若いものゝ 沖縄語を六七十位の老人が了解することが出来ないのを見てもわかる。沖縄語はかうして 亡びつつある。私はそれを惜しいとは思はない。チヤムバレン氏の『琉球文法』にある見本だけ のこつてもかまはないと思つてゐる。言語には畢竟生命がある。その使命を全うしたら、 なくなるのが当然だ。

客    その死語となりつゝある沖縄語を一日も早く日本帝国の範図から放逐したいものだ。

主    君はよつぽど沖縄語が嫌ひと見える。本県人の中にもそれを蛇蝎視する者がある。それは かういふところから来てゐる。こゝでは普通語を奨励する一方法として学校を方言を禁じた。 禁じたまではいゝが遂にはその禁制を犯した者が道徳上の罪人として取扱はれるやうになつた。 今その一例をあげて見よう。昔或中学で方言の取締に制令法を採用したことがある。

客    制令法とは一体何のことだ。

主    農村の内法の一で、砂糖黍を取つて喰べた奴を制裁する為に札を渡すことだ。そして一旦之を渡された者は、次の罪人を自分で見付け出すまではそれをもつてゐて、毎日罰金を 納めなければならない、といふ面白い方法だ。之をその中学でまねたのだ。ある特待生が方言を 使つたので、早速例の札を渡された。ところが彼は次の罪人を見付けて之を渡さうとする程 いぢ悪くもなく又さういふヒマもなかつたので、いつまでも自分一人でそれを持つてゐた。 そこで彼の操行点はだん\/ひかれて、ゼロとなり、彼はたうとう落第しなければならない やうになつた。そして彼自身は勿論、彼の同級生等も事の意外なるに驚いたといふことだ。

客    それは君嘘だらう。

主    嘘のやうな真だ。

客    そして君今でもやつてゐるのか。

主    それは君ずつと昔の話で、今頃そんなことがあつてたまるものか。兎に角沖縄で方言を使ふのを 悪事と考えるやうになつたのは、かういふところから来たのだ。しかし私はお母さんから教はつた 言語を憎む気にはどうしてもなれないね。

客    君の精神分析をして見るといくらか方言推奨の気味があるわい。

主    私の潜在意識の中には或はあるかも知れない。けれども私はさういふことをするのは沖縄の為に 損だといふことは君よりも能く知つてゐる。さて再び普通語奨励の問題にかへるが、本県では 凡てのものが普通語奨励の犠牲に供せられたやうな気がする。民力の涵養でも、自治の鼓吹でも、 産業の奨励でも聴衆がわかるわからないに拘はらず、是非普通語でやらなければならないとしたら、 それがいつまでたっても徹底する筈はないぢやないか。明治の初年に英語を奨励する急なために、 生徒がわかるわからないに拘はらず、幾何でも代数でも歴史でも物理化学でも、何から何まで 原書で教へたことがあるが、沖縄の普通語奨励はこれと同一轍だ。

客    君がいくら屁理屈をならべても、僕はまだ君の意見には同意しかねる。誰が何といつても、 沖縄では普通語奨励が急務だよ。そしてその他のことはそも\/末のことだよ。凡ての必要なことは、 先づ聞く耳をつくつてやつてからその後に聞かしても遅くはない。

主    それは余程不親切なやり方だ。なぜ君はそんなに窮屈な考へ方をするのだ。もつと融通のきく考え方を して呉れないか。何事も形式にとらはれてはいけない。内容のための形式だよ君。それから 一寸思出したが、私は本県の小学校の初学年の修身教授について大なる疑問をいだいてゐる。 こゝではこの大切な学科までが国語教授のお手伝へをしてゐる。沖縄に於ける道徳教育の 出発点がかういう風であるとしたら、その結果は果してどうなつていくだらう。君とくと考へて 呉れ給へ。どうだ、私の真意がわかつか*。

客    わかつたやうで、わからないね。

主    君は低能だね。

客    失敬な。

主    君と私とは立場がちがうから仕方がない。が私は最後に一言して置かう。普通語奨励はいゝ。 しかし単に普通語を使へ方言を使つてはいけないと、大声叱呼するだけではダメだよ。 君等は普通語を沖縄人に教へるといふ肝腎なことを忘れてはいけない。して見ると普通語について 完全な智識を有つのが必要であるばかりでなく、沖縄語の特徴(悪くいふとクセ)を知つて置く 必要もある。今沖縄に流行してゐる普通語は厳格な意味に於て、普通語でないだらう。 あれは一種の鵺的の人造語で自己を真に表現するに不適当な新しい方言だよ。だから今までとは 異なつた方法で普通語を奨励する工夫をしなければなるまい。ところがこの運動のためには 君等のような音頭取は最早必要がない。最必要なのは実際に働く人だ。そして沖縄人に同情の深い人だ。

客    いや御勉強の妨げをした。

主    さよなら。




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